周りに流されたちょっとした不正行為への誘惑などは、誰にでも身に覚えがあるのではないでしょうか。
このような小さな問題を放置することで、モラルの低下を招き、いずれ大きな犯罪につながるというのが「割れ窓理論」です。
割れ窓理論とは何か、割れ窓理論による不正の事例、企業のリスク管理への割れ窓理論の活用方法をわかりやすく解説します。
割れ窓理論とは
割れ窓理論とは、環境犯罪学の理論でアメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが提唱しました。
「建物の割れた窓を放置しておくと、注意が行き届いていないというサインとなり、いずれ周囲の窓も割られる」というのが、割れ窓理論の名称の由来です。
小さな犯罪行為を見過ごすことで、地域住民の犯罪への抵抗感が薄れていきます。
同じような行為が周囲で頻発すると、徐々に地域の環境が悪化していき、いずれ手がつけられなくなり、大きな犯罪につながるというものです。
逆に、犯罪の芽を小さいうちに摘み取れれば、地域環境の悪化を防ぎ、大きな犯罪を抑止できると考えられるという理論です。
割れ窓理論は元々犯罪学の理論ですが、教育やビジネスの分野などでも幅広く応用されています。
割れ窓理論を理解し応用していくことで、職場の不正防止や悪意のある攻撃への抑止につなげることができます。
割れ窓理論を事例から理解しよう
割れ窓理論の実社会での3つの活用事例とその効果を見てみましょう。
ニューヨーク市の治安対策
割れ窓理論による改善のもっとも有名な成功事例は、ニューヨーク市による治安対策です。
ニューヨークは、1980年代に世界有数の犯罪都市として名を馳せていました。
1994年に治安回復を公約に市長に当選したルドルフ・ジュリアーニ氏は、割れ窓理論を用いて対策に乗り出します。
落書き、万引き、違法駐車など軽犯罪の徹底的な取り締まりや、パトロールの強化、歩行者の交通違反や飲酒運転の厳罰化などの施策を行いました。
その結果、5年間で殺人の68%減など、凶悪犯罪の大幅な減少に成功。治安回復を成し遂げ、ニューヨークのイメージは大きく改善されました。
ディズニーランドのこまめな清掃・修繕
「夢の国」ディズニーランドでも、割れ窓理論が活用されています。
園内にはゴミが落ちておらず、施設の汚れも目立たず常にきれいなイメージを持っている方が多いことでしょう。
これは、スタッフによる清掃の徹底と、傷や汚れが見つかったらその場ですぐ修繕するこまめな対応によるものです。
常にきれいな状態を保つことで、来園者もゴミのポイ捨てや施設を汚す行為を行いにくくなる効果も得ています。
割れ窓理論により、園と来園者が一体となって快適な環境を維持している好例と言えるでしょう。
Apple社の企業体質改善
3つ目の事例は、iPhoneの生みの親として有名なスティーブ・ジョブズの話です。
Appleは、今でこそGAFAMの一角を占めるメガテック企業ですが、iPodやiPhoneのヒットまでは長く低迷していました。
ジョブズはApple創業者の一人です。経営不審で一時解任されていましたが、低迷するApple立て直しのために1997年にアップルに復帰します。
当時のAppleは、遅刻の常態化やペットの持ち込みなど社内にダラけた空気が蔓延していました。
ジョブズが最初に取り掛かったのは、徹底的な職場環境の改善でした。
その結果、社員の意識改革により企業体質が改善され、低迷から急成長させることに成功しました。
割れ窓理論への疑念やよく似た考え方
犯罪分野だけでなく、さまざまな分野に活用されている割れ窓理論には、疑念の声もあります。
また、割れ窓理論とよく似た考え方も確認しておきましょう。
割れ窓理論の効果には疑念もある
まずは割れ窓理論への疑念の声を紹介します。
それは、割れ窓理論の最も有名な成功事例であるニューヨークの治安回復が、割れ窓理論に基づいた政策の効果ではないという声です。
同時期には割れ窓理論に基づく政策を行っていないほかの都市でも、ニューヨークと同じように犯罪率が低下していました。
麻薬の流行低下や人口構成の変化などの要因も絡み合っており、必ずしも割れ窓理論の効果ではないというのがその主張です。
割れ窓理論とよく似た考え方を紹介
次に割れ窓理論とよく似た考え方を2つ紹介します。
1つ目は「ヒヤリハット」です。
ヒヤリハットは、1931年に発表されたハインリッヒの法則と呼ばれる研究結果がもとになっています。
1件の重大な事故の背景には、その数百倍の事故に至らない小さな出来事が積み重なっているというものです。
事故に至らない「ヒヤりとした」「ハッとした」ことが起きた段階で対処する、という点で割れ窓理論とよく似ています。
2つ目は「腐ったミカンの法則」です。
クラスの素行の悪い生徒が、ほかの生徒に悪影響を与えていくことを、みかん箱の中に腐ったみかんがあると、周りのみかんも腐っていく様子に例えたものです。
こちらは人に焦点を当てていますが、不正の芽は小さなうちに対処すべき、という意味では割れ窓理論に似ていると言えるでしょう。
割れ窓理論の企業のリスク管理への活用法
割れ窓理論を、実際にビジネスの現場で活用する方法を紹介します。
セキュリティインシデントの予防
顧客情報流出や不正アクセスといった重大なセキュリティインシデントは、突然起こるものではなく、小さなインシデントの積み重ねで起こることが大半です。
セキュリティを守るためのルールを整備していても、軽視する人が多ければだんだんと組織の規範は緩んでいきます。
- 添付ファイルにパスワードを付けずに社外へメール送信してしまう
- 決められた承認を得ずに重要情報をUSBで持ち出してしまう
- 会社から支給されたスマホでフリーWi-Fiに接続してしまう
このような、気の緩みは、特に問題に発展しないことも多いでしょう。
しかし、ルール違反が横行している職場では、重大なインシデントが発生するのは時間の問題です。
大きな問題に発展する前に、ルール違反ができない仕組みを導入するなど、根本的な対策を行うことが大切です。
内部不正の抑止
割れ窓理論は企業の内部不正抑止にも活用できます。
内部不正が発生するメカニズムを分析した「不正のトライアングル」理論では、「動機」「機会」「正当化」の3つが揃ったときに内部不正が実行されるとされています。
3つのうち企業が主体的にできる対策は、不正の「機会」をなくすことです。
- 組織の風通しが悪く、同僚の不正を見つけても会社に相談や報告しづらい
- 業務の承認プロセスが形骸化していて適切にチェックされていない
- 小さなルール違反が横行していて誰も気に留めていない
こうした職場環境の問題を放置すると、従業員の「不正を働かない」というモラルや自制心が低下していきます。
そして、動機や正当化の理由を持つ人の不正実行を招くのです。
忙しい、人手が足りないといった理由で後回しにせずに職場環境を改善することで、不正が起きにくい組織にできるでしょう。
ソフトウェア開発の品質向上
割れ窓理論はソフトウェア開発の現場にもあてはまります。
システムの仕様書は維持保守に必要なものです。
システムをメンテナンスした際には、仕様書もメンテナンスしていきます。
仕様書が間違いだらけだったり、わかりにくかったりすると、メンテナンスする開発者も同じように適当に修正してしまいがちです。
これが積み重なると、何が本当かわからない仕様書ができあがり、バグやトラブルの温床になっていきます。
適切でない箇所は、気づいたときに直して正しくわかりやすい仕様書にしていくことで、あとに続く人も適切にメンテナンスするようになり、システムの品質向上につながるのです。
割れ窓理論を理解して組織の環境を改善しよう
割れ窓理論は、元は環境犯罪学の理論ですが、日常生活や仕事の場面でも広く活用されています。
小さな問題を放置せずに、その場で適切に対処することで、大きな問題に発展するのを防ぐことが大切です。
ぜひ職場での環境改善に割れ窓理論を活かしてみましょう。
職場における情報セキュリティ対策は重要になっており、日常的に利用しているメールからマルウェア感染などのリスクも考えられます。
また、デジタルツールやPC、スマートフォンなどのデバイス自体も適切に利用するようにルールや管理が行えていなければ、不正を行いやすい状態になってしまいます。
このようなセキュリティや管理に不備がある状態では不正を行わないとしても、セキュリティリスクが高いといえるので、割れ窓理論を参考に情報セキュリティ対策を見直してみてはいかがでしょうか。